必要以上にとらわれ過ぎていた、お盆の義理と風習

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憤るアラカン
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今日は、お盆休みも終わって、ホッとされている世の女性たちに向けて書かせていただきます。

 

美容院で待っている間に手に取って読んだ女性週刊誌。

そこには、「夫婦で帰省しても、夫はゴロゴロ寛いでいられるのに、なぜ妻は嫁として働かねばならないのか?」

何人かの女性が不満をぶちまけていました。

 

今も昔もお盆といえば帰省することが多い

昔からお盆には田舎に帰り、亡くなった人を迎え、また送るという、仏教に基づいた習わしがあります。

私も両方の両親が生きていた頃は毎年帰省していました。

お墓を掃除して家族でお墓に参り、家では、檀家となっているお寺の住職が各家を回って来るので、仏前でお経をあげてもらいます。

 

 

なぜ夫か妻かで立場が違ってくるのか?

帰省の際、夫か妻かで全く立場が違ってきます。

私自身の経験から考えても、夫は何も要求されないのに対し、妻は嫁として数々の無言の要求に応えなければなりませんでした。

 

 

帰省となると何日も前から田舎へのお土産を用意し(これが結構大変なのです!)、何時間もかけて帰省します。

しかも、苦労してお土産を用意しても大半は徒労に終わります。

 

 

子供が生まれてからは、家族全員分の着替えがなくならないよう、周到に用意をしました。

大人達の着替えはなくても1日くらいは我慢できるけれど、よく服を汚す子供達の着替えはナイでは済まされません。

 

お土産も子どもの世話も、男というのは気が回らない生き物なのです。

 

仕事をしていてもしていなくても、主婦は忙しいというのに!

 

専業主婦であれば、本当はお盆休みはのんびりしていい貴重な時。

仕事を持っていれば、わざわざ会社の有休を取って、本来なら自由にどこにでも行ける貴重な時。

なのに、お盆は結婚している女性にとって、決して自由にのびのびできる時ではなく、それどころか、田舎で奴隷のように働かねばならないのです。

 

 

これもひとえに、‘義理’を果たすため

 

一方夫は妻の実家に行ってもおそらく、下にも置かない丁重なもてなしを受ける……。

そして自分の実家ではまさに、その家の’息子’を満喫しています。

 

不平等感極まりないと思いませんか!?

 

人が集まる場は、その分仕事が多く発生する

私も夫の家では、いつもお皿洗いを一手に引き受けていました。

姑が元気だったころは、姑が食事をこしらえ、姑が亡くなる前の数年は、いつも料理の得意な義理の妹が料理をしていました。

 

だから、私の役割はいつもお皿洗い。

お皿洗いといっても、親戚一同が集まった大人数の食器。

これらを洗って片付けるのは相当の気力体力が必要です!

 

 

お正月帰省などのエピソードはこちらをご覧くださいね。

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実家でも寛ぐことは許されない

 

自分の実家でも、いつもお皿を洗っていた私。

実家とはいえ、一旦家を出た人間がそこで食事を提供されるのですから、当然私はお皿ぐらい洗うべきだと考えたのです。

 

でも、夫は当然のごとく何もしません。

それどころか、いつも娘が養って貰っているからか、大事に大事にされるのです。

考えてみれば本当に不公平なことです。

 

まだまだ根深い男尊女卑の考え方

 

妻の側からすると、親達は、「娘を嫁に貰ってもらった」認識なのでしょう。

娘が婚家で世話になっているということなのでしょう。

 

男女平等とわかっている私でさえ、まだまだ旧い考え方を捨てきれていないところがあります。

還暦を過ぎた私でさえ不公平を感じるのですから、もっと若い人達はなおさらでしょう。

 

義理、風習、そんなに大切なこと?

 

周りの人になんと言われようと、他人の目を気にすることはなかったのかも。

もっと大事な趣味や仕事があって、どうしてもお盆の義理を果たせないなら、それはそれでよかったのでは……?

 

今なら私は割り切ることができます。

でも当時は、義理に囚われ、周りに気を遣って、私は風習に縛られていたのです!

 

若い人達には新しい時代を歩んでほしい!

 

他人にどう思われようと関係ない!

大切なのは見かけではなく、気持ち。

 

先祖を祀ることはもちろん大切ですが、それを口実に貴重なお盆の休暇を全て犠牲にすることはないのでは……?

 

今はそう考えます。

将来息子にお嫁さんが来たら、私は彼女にそう言いたいと思っています。

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