今の私に本当は不要なもの

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くるみの失敗談
Hathawulf / Pixabay



 

今しみじみ思う、本当は必要なかったもの

 

本当は必要のなかったものが、今まで色々ありました。

 

特に大きく不要だったもの…それは、私の嫁入り道具

 

 

全てが不要というわけではありません。

要らなかったと思えるのは、和箪笥ドレッサー(三面鏡)下駄箱

和服を着ることなどほとんど無い!しかもひとりでは着られない!そんな私には必要ない!

 

和箪笥には、私の嫁入り前に作ってもらった、着物が何着かと、和装小物一式が入っています。でも、狭い新居に置く場所がなかったので、夫の田舎の実家に置いたまま、今日まできてしまいました。

下駄箱も同様です。東京の新居には小さな作り付けの下駄箱がありました。

 

ちょっぴり私の憧れだった三面鏡

三面鏡って、化粧品を収納したり、ドライヤーやヘアスプレーを収納したりしますよね?

最初の何年かは重宝した記憶があります。

が、そのうち子どもが生まれると、とても鏡台の前に座るような優雅な時間は持てなくなり、いつしか、朝のお化粧や夜の顔の手入れは洗面台で行うように……。

使わないものが部屋の片隅にあることが嫌でたまらなかった私は、鏡台を粗大ゴミに出しました。

 

昔の嫁入り道具は、今の時代にそぐわない

 

おそらく昔の嫁入り道具は、昔の田舎の広い家で使われるものだったのでしょう。

けれども、私の両親も私自身も、そのことに考えが到らなかったのです。

鏡台の処分は親に申し訳なかったのですが、とにかく東京のマンション生活には不要でした。

 

 

これだけは私が望んだはずが…

 

結局今、持て余しています。おひな様

私の田舎では、女の子が誕生すると、母親の実家からおひな様を贈る習わしとなっています。

 

私が子どもの時、うちにはありませんでした。
母親の実家が経済的に苦しかったからです。

 

そのため、私はおひな様に憧れていたのでしょう。
娘が産まれた時、実家から贈ってもらえることになり、私は「7段飾りのおひな様が欲しい!」と言ってしまったのです。

 

 

田舎の風習はさらに奇異だった!

 

昔の田舎の風習は、とても変わったものでした。

嫁入り道具にしても、お雛様にしても、それらは全て一旦夫の実家(つまり私の嫁ぎ先)に送られ、それらを皆で1度確認し、それから私達の元に届くのです。

 

なんと手間なんだろうと当時は思っただけでしたが、後に私はあることに気づきました。昔は家と家との結婚だったから、面倒でも1度婚家を通したのではないか?

 

それともうひとつ、夫の両親達に、これこれの物をうちは用意しましたよ、と念を押す意味もあったのではないか。

 

もっと下世話な見方をすれば、親の見栄もあったかもしれません。

 

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本当に面倒臭かった、昔の習わし

 

その点現代は、純粋に人と人との結婚のような気がします。

 

私の両親が散財をして私のために誂えてくれた、数々の道具。
それらを不要なものと決めつけるのはかなり良心が痛みます。

 

でも、今の私の生活を快適にするためにも、天国の両親に許してほしいなと思うのです。

 

 

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